京丹後市
「情報交流サイト」と「人材育成プログラム」による経済活性化
ICTの利活用で新たな交流と地域の活力を生み出す
京都府北部に位置する京丹後市。人口は約6万3000人、かねてから広域連合的繋がりのあった峰山町、大宮町、網野町、丹後町、弥栄町、久美浜町の旧6町が平成16年4月1日に合併、誕生した新しい市である。
少子高齢化はどの地域においても課題だが、ここでは長引く産業の停滞がその流れに拍車をかけている。地域の4大産業は、農業、絹織物、機械金属、観光である。そのうち機械金属を除く3産業は、横ばいもしくは低迷傾向が続いている。
市は「『産業の停滞』を解消するためにICTを利活用したい」「京丹後市民と地域事業者の交流や都市部在住者との交流を行い産業の活性化を図る。それにより雇用が創出され、定住や交流を促進することができる」と唱える。本事業においては「情報交流サイト」と「地域ICT利活用人材育成」を2本柱としたモデルを提唱、課題解決への取り組みを進めている。
プロジェクトリーダーの京丹後市役所企画政策部情報政策課 吉岡敬恭課長に話を聞いた。(2007年12月5日京丹後市役所にて取材)
■市の重要課題解決を後押し
市企画政策部情報政策課 吉岡敬恭課長京丹後市は「定住促進」と「各種産業の振興」を市の重点課題に掲げる。事業への応募は「その解決を後押しするためにICTを利活用できないか?」という点からスタートしたと言う。「地域産業を活性化させ、雇用を確保し、定住人口や交流人口を増やす」「地域内外の人や地域のつながり方を従来と変えることで、従来の施策・事業の限界を打破する」。では具体的にどのような形でそれを実現できるのか?模索する中で、ビジネスをキーワードとした情報交流サイトと、連携の重要性を認識しICTの利活用に長けた人材を育成するプログラムの2本柱によるモデルが見えてきた。
吉岡氏は「地域SNSは、様々な場所で盛んに試みられているが、多くは『地域の皆が元気になって良かった』というところに留まっている。それはあくまで通過点であり『定住人口』『交流人口の増加』が最終的なゴールだ」と言う。そして「そのためには各種産業の振興が必要」「交通網の整備が遅れた地域でも、ICTの『時間と距離を超越する』という特徴を活かせばハンディを背負わず事業ができる」「これまでも課題解決のために様々な方策を試みてきたが、どれも旧態依然としていた。ICTを使いそれに風穴をあけたい」「ビジネスを伴う交流促進モデル、田舎の成功モデルを作っていきたい」と抱負を語る。
■まずは交流人口増加から
「京丹後」という新しい名の元に、地域が新たなスタートを切ってからもうすぐ4年が経つ。吉岡氏は「元々役場にも住民にも『何かの時は6町一緒に』という意識が強かった。合併への違和感は他地域に比べても小さかったのではないか」と言う。だが、市町村合併によるシナジー効果はまだ表れていない。市民の間には依然として旧6町時の意識が残っており、かえって牽制しあっている気配もある。「旧6町はそれぞれの色を持っていた。しかしこの6色を混ぜたからといって京丹後の色になるわけではない」では何色なのか?地域ICT利活用モデルの構築プロセスが、「京丹後」としての新たなブランドを構築する作業にも繋がっている。
京丹後地域のアピールポイントとして「手つかずの自然と京阪神との距離」を吉岡氏は挙げる。山を魅力とする地域は少なくないが、京丹後には他に、海、温泉と自然資源が幅広く揃う。遺跡や古墳など歴史的遺産も数多い。さらに、九州や中国地方の各都市に比べ、大阪や京都からの距離は近い。
京丹後を訪れる観光客は毎年約200万人に上る。「ピークは平成12年でその数は200万人を越えていた。しかしその後少しずつ減少している。200万人を維持し、それを250万人、300万人にしていく。まずは、交流人口を増やすことが重要」だと言う。
興味を持ち、初めてこの地を訪れる人を開拓し、リピーターを増やす。そのためには何が必要なのか? 吉岡氏は「自然資源は豊富なものの、施設的には農業公園や温泉施設などがあるが、充分ではない。遺跡についても、それを巡るコースとして体系だてられていない状態。資源を外に見せていくという意識が弱かった」とこれまでを振り返る。ICTの利活用によって、積極的な情報発信の機運を高めたい、その気持ちが伝わってくる。
新たなアイデアは、既存の物事の組み合わせから生まれることが多い。ICTの利活用で、今まで結びつくことのなかった市民と市民、市民と事業者がコミュニケーションを行う。協働が起こり、やがては新たな事業に繋がっていくことにも期待を寄せている。吉岡氏は「今の時代は『環境』という切り口は大きい。手つかずの自然と体験型の観光を組み合わせると新しいアピールができるかもしれない」と言う。例えばこの地域には「琴引浜」がある。歩くと砂が泣く「鳴き砂」の浜では国内でも有数の規模だ。「以前、日本海で重油の流出事故があった時、地元住民のほか域外からのボランティアの方たちがその除去に当たった、ということがある。これも一つのヒントなのかもしれない」。そして続ける「団体旅行は減少している。個人、特に親子をターゲットするのであれば、何かを体験できる旅行はアピールする。環境のほか、農林水産業と組み合わせた体験もある」。
■交流から生まれるビジネスの可能性
農業では、特Aにランクされるコシヒカリ、砂地の水はけの良さを利用したメロン、ナシ、ブドウなどの果樹、サツマイモなどの栽培が盛んだ。吉岡氏は「ブドウ狩りなど、観光農園も盛ん。漁業と観光という点では、カニを目玉にした冬の宿泊プランも多い。情報交流サイトの立ち上げで、農林水産業に従事する人と、観光産業などの異業種間交流や、住民との交流から新しい可能性が開かれる道も考えられる」と言う。
繊維は、かつてこの地域の主幹産業だった。「昔はこれだけで食べていた」と吉岡氏も振り返る。昭和40年代爆発的な「丹後ちりめん」ブームが起こり、地域に大いなる繁栄をもたらした。その記憶は、人々の間に強く残っているのだと言う。しかし、昭和50年代、ブームの終焉と共に、産業は急激に縮小し、従業者数や製造品出荷額の減少が続いている。「調査を行ったところ『過去の繁栄体験を持っているがゆえに、新しいことへの挑戦に消極的で保守的な意識が強い』という問題点があぶり出された」。それを打破し、イノベーションを起こすために、ICTを活用したいという思いも強い。
現在の地域の主幹産業は、金属加工業である。旧6町全てに事業所が広がり、事業者間の繋がりも深い。「系列の仕事にのみ依存するのではなく、今まで蓄積してきた技術を別の形で世の中に出すこともできる。例えば、オートバイの好きな人のニーズにあった部品を、直接その人に提供することも考えられる。それ自体が産業として大きくなるかは別としても、インパクトはある」と言う。
観光と違い、農業・繊維・金属加工業は基本的にB2B型産業で、消費者との繋がりは構造的に弱い。新商品開発、販路開拓、情報発信の力が育っていない状況にある。情報交流サイトをきっかけに、地域の産業にマーケット志向の姿勢を浸透させていくことも課題となっている。
■定住人口を増やすには
吉岡氏は「昔からこの地域では、高校を卒業後、京都や大阪に進学する人は多かった。京阪神は距離的に近いし、親戚がいるという人も多い」と言う。「親も子供の『一度は外に出たい』という気持ちを汲んで送り出すことに、大きな抵抗はなかった。やがて帰ってくるという期待もあった」。しかし今、若い世代は戻って来ない。「結局、問題は仕事があるか、にかかっている。100%満足できる仕事でなくても、家族を考えた時、戻ってもいいと思える仕事があるかどうか。それがない」。公務員、教員、JAや金融機関など、Uターン希望者に人気の高い勤務先の採用活動は低調である。民間にも魅力的な仕事は少ない。「今は、親も半ば諦めているようだ」。生産年齢人口の流出を食い止めたい。「そのためには仕事が必要。そして、仕事を生み出すには産業の活性化が不可欠。地域交流サイトがビジネス志向である必要が、そこにある」。
地域を離れて暮らす人たちのネットワーク化も考えている。「『京丹後ふるさと応援団』という制度を今年度に発足させたところ。これからも力を入れていきたい。ICTの利活用は、コストを抑えながらの情報発信、交流を可能にしてくれる」。
実際に生活する人たちの情報を蓄積し、それを発信することにも注目している。「何を食べ、どんな暮らしをしているのか? ここに暮らす人のライフスタイルをそのままアピールすることが、交流につながるのではないか? それが、やがて自分も住んでみようと思う人を増やしていくことにつながるのではないか?」情報交流サイトに盛り込みたいコンテンツは数多い。「文章、動画、地図…見せ方も色々考えられる。全て交流のための道具になる」と続ける。
■運営委員会を中核に
プロジェクトは、リーダーを市が務め、市事業との連携も行う。「運営協議会」は、開発内容や運営方法への助言を行う組織で、商工会、業界団体の代表らが顔を連ねる。
要となるのが「運営委員会」である。システム運用、企画・広報・コーディネート、人材育成講座の開催母体となる。「現在、メンバーは10名弱。農業の方、旅館や民宿を営まれている方、有線放送や環境問題などを通じて地域と密着した活動をしている方々、システムの開発業者にも入っていただいているが、出入りは自由。ICTそのものに興味のある方、町おこしに興味・関係がある方、事業や自分自身のアピールがしたいという方にはどんどん入ってきてほしい」。その他、システム設計・開発は地元の業者が担当する。また、運営組織の支援、人材育成プログラム作成、各種調査の面で、野村総合研究所が協力している。
吉岡氏は「3年のうちにビジネスモデルを確立し、4年目からはこの組織を母体とした運営組織へと移行を図りたい」と続ける。「たとえば市の制度である『ふるさと応援団』の活動にあたって、より効果を上げるために、市が運営組織に使用料を払ってサイトを利用するモデルも考えられる。その他、アンケート調査機能なども活かし、収益に繋げることのできる形を考えていきたい」。
現在は、商工会や市役所もメンバーだが、将来を睨み民間からキーパーソンを育てていきたいそうだ。地域ICT人材育成プログラムの受講者も、運営委員会メンバーをまずは想定している。 オープン後のユーザーとしては、地域の事業者、住民のほか、都市在住者を挙げている。「『ふるさと応援団』のメンバーはもちろん、京丹後によく来られる方や、興味をもっておられる方はぜひ入ってほしい」。
最後に、吉岡氏はこう結んだ。「地域活性化は、日本のどの地域でも課題である。その地域に住む人が生き生きとし、地域に誇りを持つことの重要性は認識している。しかし同時に、地方が厳しいのはやはり経済的な面、雇用の面だ。そこに結びつく利活用を考え、運用していきたい」