宮津市/海士町
海士町
映像配信システムを利用した交流促進調査事業
地域をプロデュースする人材育成
島根県隠岐郡海士町は、島根県の北に60キロ、日本海に浮かぶ隠岐諸島の一つの島で、後鳥羽上皇の流刑地として知られるなど、数々の哀史や逸話を持つ土地である。古くから半農半漁が根付き、国立公園に指定される自然豊かな島で、島ならではの神楽や俳句など伝統芸能や文化も活発である。近年では人口流出による少子高齢化と財政破綻の危機の中にあって、独自の改革手法と新たな人づくりの取組によって、注目が集まっている。(以上、海士町ホームページより抜粋)。
プロジェクトリーダーの海士町役場 産業創出課 大江 和彦氏に話を聞いた。
(2007年11月14日取材)
まず海士町の魅力と地域が抱える課題について、大江氏に語っていただいた。
「海士町は古くから第一次産業が盛んで、奈良の平城京からは、隠岐の干しわかめ、干しアワビなど、具納(ぐのう)した食材に関する既述のある木簡が多数出土しているほど。しかし、戦後には7,000人ほどいた人口が高度経済成長を経て2,500人まで減少、高齢化率39%と高齢化も著しい。集落は14あるが、40~50世帯平均、人口的にも100人前後の小さな集落ばかりとなってしまった。
産業的にも、昭和29年に離島振興法が制定され、島民の安全を守るため、集落の防波堤など公共事業を進めた結果、一次産業従事者が減少した。後継者がいなくなり、連動して加工業者もいなくなった。それらが悪循環となって、海士の最大の地域資源であった、“第一次産業の古くからの生活の営み、積み重ね”が失われた。観光客からみた魅力度も減り、『隠岐らしさ』が失われているのが、今非常に大きな地域の現状であり、課題である。
観光も重要な産業で、隠岐の島全体で約10万人、海士町だけでみると3~4万人の入り込み客があるが、単に来てもらえばいいというものではない。隠岐の島は、第一次産業で成り立ってきた島。だから第一次産業、島の半農半漁の営みはきちっと守られ循環してはじめて、隠岐へ旅してきた人は自分たちが今まで住んでいたのと違う空間と遭遇したと思ってくれるだろう。だから、廃れてきた第一次産業をきちっと復活育成していくということが次の観光につながっていく。海士町の農産物、海産物を育て上げる人々、そういう産物に付加価値を付けて、都市圏へ売り出していく。そこに1つの動きが出てくると、雇用、新産業につながっていく。雇用が出てくれば、20代、30代のU・Iターン者が増えてきて、島におのずと活力が出てくる。こういう仕組みをつくって始めて、観光にもつながっていく。だからこそ、我々は、一次産業の復活に一番の力を入れている」。
「一方、隠岐の魅力としては、もうひとつ、歴史との深い関連があげられる」と大江氏は続ける。「後鳥羽上皇が流されたように、古くから都の高貴な政治犯が隠岐へ流されてきた。特に4つの有人島のうち、海士に一番多くの高貴な罪人が流されている。その理由として、海士の海産物が、京(都)に具納され、京からは「食材の豊富な所」という意味の『御食(みけつ)国』と呼ばれてきたことがある。高貴な政治犯を多く受け入れた結果、都の高い文化を島民が受け継いでいる。
こうした歴史的な「受入」の風土をふまえ、今、海士では、Iターンの受入を活発に行っている。直近3年間では、78世帯145人を受け入れた。
すなわち、歴史的に外部の方々と接し、交流していく、人情に厚い気質が、1つの海士町の特徴といえるのではないか。」
■商品開発研修生
Iターンの受入というのは、具体的には平成10年に開始した、「商品開発研修生」という制度のことだ。「海士に来て、海士の宝を探してしてください。海士の宝とはいったい何だろう。それを外の目からみて、宝を形にして、それを新たな地域資源として武器として、特産品開発につなげ、そこからまた新たな人を呼び、雇用を呼び、産業を興すような流れを作りたい」と始めた制度とのことで、現在、18名の商品開発研修生が育っている。
一方平成16年から、地域再生計画等をいち早く応募し、16年から18年の3カ年で『もの作りの産業興し』にUターン、Iターンで新規に雇用が84名生まれた。
これらを含めて、町全体でUターン、Iターンが3年間で78世帯、145人となった。これぐらいの数になると、相当外部の視点が入り、まちづくりには好影響があるという。
国会でも多くの大臣が答弁したり、総理が海士町の話をしてくれるようにもなっているとのことだ。
■地域ICT利活用事業の概要
海士町では「住民ディレクター(地域紹介映像作品作成者)の育成と映像配信システムの構築」に取り組んでいる。ICTの活用も、一次産業復活の方策として取組みが始まったもので、これまでスーパーや百貨店をはじめとするイベントで行ってきた地域産品のPRを、ICTの活用で展開しようというものだ。
このため、第1に「住民ディレクターの育成」として、地域の特色ある食材、歴史文化を、住民自身がコンテンツ制作する事業に取り組んでいる。「そこに住む人々がどう自発的に、自立的に自分のこととしてとらえ、地域の魅力を発信していくかが鍵であり、地域振興の原点」とは大江氏。そのための手法として住民自身がカメラを持ち、番組を制作する「住民ディレクター活動」を選択した。
第2に「広域映像配信システムの構築」として、京都市内・首都圏・島根・丹後地域の様々な施設(駅・空港・パブリックスペース・ショッピングセンター等)へ公衆ディスプレイを設置し、制作したコンテンツを放映する予定である。「将来的には首都圏にとどまらず、日本全国に置きたい。地域の情報を流し、多くの方々に私ども地域を知っていただいて、双方の交流を活発にする。双方の交流が最終的には地域を生き生きとさせる、地域振興につながることになる」と大江氏は語る。
事業の究極の目的は、「地域をプロデュースしていく人を多くつくっていく、住民ディレクターの企画力をつけること」「単に映像を作るという意味ではなく、地域をプロデュースする観点で情報発信を行う人を育てる。そのことが売り上げにもつながっていく」と考えているとのことである。
■事業推進体制
海士町では、観光協会、商工会、商工団体、教育委員会が核となり事業を推進している。
また、今回の事業では、京都府宮津市との連携がひとつの特徴である。天橋立(あまのはしだて)を有する宮津市との連携を、「あまあまネット」と呼ぶ。事業を進めるにあたり、天橋立という大きな観光名所を持っているにもかかわらず、近年の観光客の減少、特産品の売り上げ減少、後継者の減少と、同じような悩みを抱える半島の宮津市と連携することにより、相乗効果を生み出すことを目指している。
さらに、「地域産業おこしに燃える人の会」ともタッグを組み、制作したコンテンツの配信システムの開発や、コンテンツの都心部での発信などに取り組んでいる。
(参考)各主体の役割
1 |
海士町 |
ASPシステムの開発 |
2 |
宮津市 |
住民ディレクターの養成 |
3 |
地域産業おこしに燃える人の会 |
ASPシステムの企画と開発 |
4 |
北近畿タンゴ鉄道 |
特急停車駅へ、公衆ディスプレイの設置 |
資料)海士町資料
■プロジェクトの目標(めざすイメージ)
プロジェクトの目指すイメージとして大江氏は、「3年後、4年目からはこのシステムを使って、地域の自慢、ふるさとの良さを自主的に発信できる人材が多く出てきてくれることを最終の目標としたい」と語る。コンテンツを制作できる人材が育つことが、結果として特産品の売上にもつながるだろうし、情報の発信のみならず、ICTにより築かれる人と人とのネットワークが、「住民力、地域力」を育てるのではないかと大江氏は考えている。
さらに3年間の事業後は、築かれた人と人のネットワークがさらに人を呼ぶという状況に展開したい、しなければならないと大江氏は語る。
住民ディレクター養成にあたる指導者の岸本晃(有)プリズム代表取締役は、「住民ディレクターは、映像を作ることが目的ではなく、そのプロセスでプロデュース力をつけることが目的。地域をプロデュースし、地域の課題解決などもできるようになる、という人材育成が目的」と前置きしたうえで、「この土地(海士)には住民ディレクター活動に必要な要素が備わっているという可能性を感じる」と語る。
海士町での本事業を通じた人材育成の今後に多いに期待したい。
宮津市
映像配信システムを利用した交流促進調査事業
地域をプロデュースする人材育
-宮津市の場合-
京都府宮津市は、南北に長い京都府の一番北側、日本海側に位置する。松島、宮島と並ぶ日本三景の一つである「天橋立」のある地域だ。古くからの城下町でもあり、歴史文化的資源の残る観光都市で、年間260万人の入り込み客がある。
天橋立
ただし昭和30年頃の36,000人を最大に、近年は年間400人ペースで人口は減少傾向にあり、平成17年は21,000人であった。市町村合併も不調に終わり、単独での市政運営を模索している。
今回の事業では、「映像配信システムを利用した交流事業」に島根県海士町と共同で取り組んでいる。宮津市企画財政室企画係宮崎茂樹係長に話を聞いた。
(2007年11月14日取材)
■地域の課題(滞在型観光の振興)のための情報発信
宮津市では、天橋立に他の拠点もプラスして滞在型の観光を展開することが地域の課題だ。特に、「まちなか観光」、具体的には天橋立から数キロ離れたところにある宮津市街の観光活性化が課題と宮崎氏は語る。旧城下町である宮津市街には町屋の風景が残るなど歴史文化遺産としての価値が高いが、これまでは商売の町として営まれてきたため、観光をやっていこうという気持ちが希薄だった。
宮津市街
宮津商工会議所(産業ビジョン推進委員会の人材育成部会)で、講演会、先進地視察など人材育成の方策を検討していたが、決め手に欠いていたところ、「住民ディレクター」という活動を含めた、海士町との共同事業の話が持ち上がり、商工会議所がそれは面白そうだと飛びついてくれたのが、そもそもの事業への取組の経緯だという。
「座学はなかなか身に付かないので、実際に自分が楽しめるのが一番役に立つ、自分の力になるようなところもある。それに遊びの要素があったらさらにとっつきやすいと考えている」と宮崎氏。既に宮津市では住民ディレクター講習会が開催されており、若手が楽しみながら参加する、という状況が生まれているそうだ。
■人材育成の推進体制
映像による情報発信(人材育成)については、商工会議所の内部組織である産業ビジョン推進委員会が、「宮津メディアセンター実行委員会」というNPOを組成しており、事業推進を担っている。ICTモデル事業ではシステム構築以外の経費が認められていないため、宮津メディアセンター実行委員会は、京都府が今年度創設した、地域力再生交付金を活用し、住民ディレクターの養成事業に取り組んでいる。既に50程の番組が「宮津TV」としてホームページに掲載されているほか、グーグルの地図と連動して、動画が宮津のどこで撮影されたかがわかる仕組みになっているとのことで、独自の活発な動きを展開している。
人材育成事業については、市役所は、そうした民間主導の活動を支援する体制で動いている。
■あまあまネット(島根県海士町との連携)
島根県海士町との共同事業は、宮津市の天橋立(あまのはしだて)と島根県海士町の「あま」をかけて「あまあまネット」プロジェクトと呼ばれてい
「広域映像配信システムの構築」については、海士町が主導し、宮津市も参画する体制を取っており、公衆ディスプレイは、平成19年度は天橋立駅と宮津駅に設置予定だ。
ただし、いくつかの課題を抱えている。
宮崎氏は「住民ディレクターが作る映像と、広告収入を見込んだディスプレイでの放映用映像は、初期段階では一致しないだろう」と考えている。「無理に広告収入を意識したいわゆるプロ的な映像ではなく、住民ディレクター的な映像でいったほうが、見る人も面白いのではないか」。
しかし一方で、公衆ディスプレイにはかなりのランニングコストがかかるため、その費用の回収は必須だ。平成18年度に赤字決算となり、職員の給与10%カットまで実施している宮津市では、住民サービスを含め、厳しいコスト意識での運用が迫られている。
このように、海士町の事業が制作したコンテンツの配信にかなりのウェイトを置いた展開であるのに対し、宮津市では住民によるコンテンツの制作や、そのプロセスを通じた人材育成に比重が置かれている点に特徴がある。また、海士町が行政(町)主導で事業を展開するのに対し、宮津市では民間(商工会議所及びNPO)主導で事業が展開されている点も前述の通りである。
厳しい財政状況をふまえた事業運営の一方で、「ふるさとケータイ」と住民ディレクター活動の連動や、宮津市総務室が開始した「宮津ファンクラブ」との連動など、将来的な発展可能性については常に考慮していると宮崎氏は語る。島根県海士町や、お隣の京丹後市とはまた異なる活動の展開に、大いに期待したい。